FC2ブログ
08.20
Mon
一臣さんがアホです



 色々あって、初めて瑞垣さんの家にお邪魔することになった。
 色々って言うのは色々だ。
 それで色々あって、おれはどろどろに汚れてて、瑞垣さんが家近くだから風呂入って行けって言ってくれて。
 この辺りでは珍しくない、大きな日本家屋。玄関を入って真っ先に風呂に案内してもらって、とりあえず汚れを落として出てきたら、着替えまで用意してくれていて、申し訳なかったけれどありがたく好意に甘えることにした。何せおれが着ていた服は泥だらけだ。
 瑞垣さんのものにしては大きいシャツとズボン。
 それでも、おれにとっては少々キツイが、なんとか入らないこともない。
 脱衣所を出て、勝手がわからずに、廊下でうろうろしていたら、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。

「瑞垣さん?」

 返事はなくて、現れたのは眼鏡をかけた青年だ。
 どことなく瑞垣さんと似ている気がするし、前に聞いたことのあるお兄さんだろうか。
 慌てて両手を体の脇に下ろしてお辞儀する。

「お邪魔してます。おれ、瑞垣さ……いや、俊二さんの」
「は?」
「え?」
「俊二さん、やと?」

 心なしか声に棘があるような気がする。

「あ、はい、おれ俊二さんの友人でちょっと色々あって、服を汚してしまって風呂お借りしてました、あの……」

 眼鏡の下の目つきが鋭くて、怒らせるようなことでもしただろうかと思っていたら、彼は顎の下に手を添えて、頭の先から足の先まで視線を流す。値踏みされてるかのようで居心地が悪い。
 すると突然隣のふすまが開いて、瑞垣さんが驚いたみたいに声を上げた。

「永倉ー、あっ! なにしとるんやおまえ」
「おれんとこ来て、いきなり服貸してくれ言うから何かと思ったら」
「しゃーないやろ、おれの服じゃ永倉着れんやろうし。ていうか出てくんなや、大人しく部屋引きこもっといてくれ、いやいっそさっさと向こうに戻ってくれてええけど」

 そういえばお兄さんは大学が遠くて一人暮らししてるとか言っていたっけ。
 そしてこれはやっぱりお兄さんの服だったのかと、自分の体を見下ろして納得する。

「永倉、こんなやつ放っておいて、こっち。おれの部屋二階なんや」
「はい。あの、服お借りします。綺麗にしてお返ししますから、それまですみません」

 軽く頭を下げて瑞垣さんの後を追うと、ぐいっと耳を引っ張られた。
 息がかかるほど近くで、囁くように言われる。

「それはそうと永倉くん、キスだけを色々とは言わんぞ」
「い、いや、それはだから突然の大雨に見舞われて、それで通りかかったトラックで跳ねた泥が……」
「なんなら今日泊まって色々してくれてええけど」
「なっ……」

 どきりと心臓が跳ねて体が熱くなるが、そんな甘酸っぱいような空気は瞬時に凍りつく。視線を感じて振り返ると、ものすごい形相のお兄さんがこっちを睨んでいて、困ったおれはとりあえずもう一度会釈しておいた。
 弟に変なことしてみろぶっ殺すぞと言わんばかりの殺意に満ちた二つの目。
 ちょっと何かしただけでも、即座に駆けつけてきそうだ。
 すみません、色々できません。
 そんなわけでせっかくのお誘いだったが、お泊りは遠慮することにした。

***

「なんやあの芋小僧は」
「は? 勝手に部屋入ってくんなや。芋小僧ってまさか永倉のことか」

 自室でごろごろしながら携帯をいじっていた弟がいかにも不機嫌そうに横目でこちらを見る。
 昔はあんなに可愛かったのに。
 かずくんだいすき!
 記憶の中のキラキラした笑顔が脳裏をよぎって、思わず目頭が熱くなるのを何とか堪える。

「名前なぞ知らん、おまえの友人や言うとったけど、あいつのおまえの見る目はおかしい。ええか俊二、もう二度とあの男に近づくんやないぞ」
「いや、意味わからんし、おまえにおれの交友関係に口出しされる謂れはねぇよ。第一永倉はおまえよりずっとまともやし、性格ええし、優しいし、よっぽどできた人間やからな!」

 その時お馴染み水戸黄門のテーマが鳴りだして、俊二が携帯を耳に当てる。
 待て、今まで大抵電源を切っていていくら電話を架けても繋がらなかったあの俊二が?

「あ、もしもし永倉? ああ、うん大丈夫やけど」
「おい、俊二。話の途中やぞ」
「うるせぇ、あっち行っとけや」

 しっしと虫でも払うように振られる手。
 かずくんだいすき!
 脳内イメージ(ちょっと捏造)がガラガラと音を立てて崩れ始める。
 ゆ、許さん……!

「おれは許さんぞ――――――――!!」
「うわっ、なにするんや!?」

感情に突き動かされるままに弟の手首を掴んで押し倒す。弟の手から携帯が転がって床に落ちる。電話の向こうで「瑞垣さん!? 瑞垣さん!?」とあの芋小僧の焦った声がするが、無視する。

「あんな芋小僧に取られるくらいなら、このおれがぐぉッ!!」

 渾身の一撃が大事なあそこを襲って、言葉にし難い痛みに意識が遠のく。蹲って悶絶する隣で、弟は鼻を鳴らして立ち上がり、携帯電話を拾って部屋を出ていってしまう。

「もしもし、大丈夫や、なんもない。うちのアホがちょっとな、うん、うん。それよかなんか用があったんと違うんか?」

 間違いない。弟はあの芋小僧とただの友人なんかやない。
 昔から本心というものを、あまり表に出さない弟だ。
 今でも感じられるのは、ほんのわずかな違いだ。
 だけど、この声、態度。他の誰が気づいてなかったとしても、産まれて十数年共に過ごしてきたおれにはわかる。
 かずくんだいすき!
 あの頃の俊二はもういない。
 だがしかし!

「ふ、ふふっ…………!」

 あんな冴えない芋少年などに、可愛い可愛い弟をやるものか。
 決意を新たに拳を握ったおれは、再びあそこを押さえて転げまわった。
スポンサーサイト
back-to-top