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03.25
Sun
白さんの大正ロマン豪瑞を読んで書きたくなって書いたもの。
二次創作の二次創作!



 俊二が聞きたがるのはいつも他愛のない話だ。読んだ書物のこと、豪の住んでいた町のこと、学校での生活のこと、そして庭の薔薇の蕾の様子。

「見に行きませんか?」

 ある時、豪が思いついたように言った。
 俊二は焦点の合わない目を瞬かせる。

「え?」
「今日はちょっと庭に出ませんか? 薔薇がちょうど満開なんです」
「ああ、どうりで匂いが……」

 俊二は小さく鼻をひくつかせる。その仕草に豪は吐息のような笑いを漏らす。すると視力が欠けている分、他の感覚が頭抜けているらしい俊二の眉間に皺が寄る。

「なんや」
「すみません」
「謝ったかて許さん。何が可笑しいんじゃ全く。ええい、この口か!」

 俊二の手が豪の頬を摘まんで、ぎゅうぎゅう引っ張る。

「いひゃひゃ、ふひはへんっへ」
「申し訳ない思うならな、ちゃんと下まで連れてくんやぞ。おれ、これでも深窓の令嬢なんやからな、長らく危険なお外なんか出ていないの」
「はいはい、それじゃあ参りましょうねお嬢様」

 軽く言って豪が手を取ると、俊二はしっかり握りしめてくる。
 まずは屋根裏から二階に降り、廊下を歩いて、大階段の手前までやってくる。そこで豪は一旦立ち止まった。

「一階に通じる階段です。ゆっくり行きますね」
「………」
「どうかしましたか?」

 返答のない俊二を振り返ると、どこか緊張した面持ちがそこにあった。

「覚えてないんや」
「?」
「ずっと長いこと、二階から下には行ってなかったから、どんなやったか、段の高さとか何段あるかとか、そういうのがわからんくて……」
「あ、なるほど。怖いんですね」
「なっ、だれがやアホ! そんなわけあるか!」

 あくまでも強気な俊二だったが、ずっと繋いでいた豪の手がすっと離れると、顔を一瞬強張らせる。豪は俊二に背中を向けると、再びその手を取って、自分の肩へと誘う。そうして首に腕を回させると、今度は俊二の膝裏に手を添え、掛け声と共に背に負ぶさった。

「しっかり掴まっててくださいね」
「やだこわぁい、絶対に落とさないでね永倉くん、キズモノにされたらあたしお嫁にいけなくなっちゃう!」
「その時はおれがもらってあげますよ」
「んふふ、永倉くんったらオトコマエ。いいわ、永倉くんにならあたしの大事なもの全部あげちゃう」
「そりゃ光栄ですね」

 そんな軽口を叩き合っているうちに階段を降りきってしまう。豪は俊二を床に下ろすと、再び手を引いて、玄関まで誘った。扉を開けると、たちまち強い花の香りが鼻腔に広がる。同時に夜の冷気も流れ込んできて、俊二は小さく身震いした。

「うぉ、流石にちょっと冷えるな!」
「夜はまだひやっとしてますね、ちょっと待っててください。何か羽織るもの」

 部屋に戻ろうとする豪の手を、俊二は強く握って引き止めてくる。

「いい、平気や」
「でも……」
「そんなら、これでどうや?」
「歩きにくいですよ?」

 ぴたりと身体を寄せてきて、俊二が言い、豪は苦笑しながらその肩を抱き寄せた。
 ゆっくりと、俊二の歩調に合わせて歩く。足元に気を付けながら、段差があれば注意を促すが、慣れない場所のせいか、俊二はそれでも僅かな出っ張りで蹴躓きそうになることがあった。

「ごめんな」
「大丈夫ですよ、気にしないでください。それよりもほら、綺麗に咲いてますよ」

 豪は俊二の手を掴んで、薔薇の花に触れさせた。
 俊二は花に顔を近づけ、目を細める。

「ああ、うん。すげぇ匂い」
「見えませんか? 今日は天気がいいから、月も明るい方ですが」
「鮮やかな赤。それはわかる。かろうじて花弁も。でも全体の輪郭がわからんのが残念かな。なあ、一面こんな感じ?」
「はい」
「今日は晴れとるんか、月は大きい?」
「そうですね。綺麗な丸ではないですが、それに近い形です。星もよく見えますよ」
「そっか」
「俊二さん」

 夜の暗闇のせいだろうか。
 頷く俊二の表情はどこか寂しげに見えた。
 豪は再び俊二の手を取ると、人差し指を立たせ、空に向けさせた。

「この真っ直ぐ先に、月があります。こんな感じで少し欠けています。そこから左上、この辺りに、中でも強く輝いている星があって、これが………」

 本で読んだ知識を交え、順に説明しながら指を動かす。一通り話し終えると、俊二は顔を振り向かせ、少し笑って見せた。

「豪ちゃん、おおきに。さすが成績優秀、説明もようわかるわ」
「すみません」
「なんで謝るんや」
「俊二さんに喜んでもらいたくて、出てきたつもりじゃったのに、反対に落胆させてしもうて」

 豪は力なく言う。肩を落とし、眉尻は情けなく下がっていた。細い指が豪の顔に伸ばされる。頬に触れ、なぞるように動いたかと思うと、いきなり鼻を摘ままれた。

「アホか、勝手に勘違いして勝手に落ち込むな。おれは落胆なんかしてへんぞ。なんてったって豪ちゃんとの初のお出掛けだもんね。やからおまえさんも、自己嫌悪なんぞしとる暇あるなら、もっとおれを楽しませる方法でも考え。ほら他には何がある? 庭に咲いとるのは薔薇だけか?」
「俊二さん……」

 鼻を摘まんでいた指が離れると、豪はその手首をぐっと握って引き寄せた。

「ご……」

 声を吸いとるように、薄く開いた唇を奪う。舌を差し入れると、俊二はぎくりと肩を跳ねさせたが、すぐに大人しくなって豪の首の後ろに腕を回してくる。その手が流れるように動いて、着物の内に忍び込み、素肌に指先が這う。豪もまた、俊二の着物をはだけさせると、その身を愛撫する。
 二人を照らし出す月の輝きは静かで、優しく、そしてどこか冷たくもあった。
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