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02.25
Sun



豪にはもう会わないつもりでいた。
 会えば気持ちが揺らぐのがわかっていたから。
 きっとまたあの優しさに甘えてしまうだろうから。
 できるだけ豪や知り合いにうっかり会うことのないようにと思って、前のマンションや会社から離れた場所に引っ越したつもりだった。貯金を切り崩しながら仕事を探して、この日も仕事探しに出掛けた帰りだった。
 急に寒くなったなと思っていたら、雪がひとひら舞い落ちてきて、空を見上げれば思い灰色の雲があって。風邪引く前に早く家に帰ろうと駅に足を向けた時だ。

「瑞垣さん!」

 呼ばれて腕を掴まれて。
 振り返れば、必死な顔がそこにあって。
 静かに消えたいって思っていたのに、うまくはいかないもんだななんて思って、それで、それならちゃんとしないとって考えて、混んだカフェの店内で、二人で話して、伝えるべきことは伝えて。
 はっきりと言ったつもりだった。
 気持ちとは正反対の言葉。
 すがりつきたくない。これ以上みっともない姿を見られたくない。そんな気持ちも確かにあった。けれどそれ以上に、純朴な青年の優しさにつけこんで、振り回してしまったことへの罪悪感があった。本来あるべき道へ戻してやるのがせめてもの償いだと思った。
 優しくて、利口で、聞き分けのいいやつ。
 永倉豪はそんな男で、だからきちんと説明して拒絶の意思を示せば、納得してくれる。そう思っていた。
 思っていたのに。

「瑞垣さんはずるいです。いつだって嘘ばかり、隠して誤魔化して逃げて」

 瑞垣が思っていたよりもずっと、彼は強かで、

「おれは瑞垣さん、あなたのものになりたい。そしてあなたをおれのものにしたい」

 貪欲で、

「あなたの弱い部分も、醜い部分も、全部ほしい。どうか逃げないで、偽らないで、瑞垣さんの中におれを入れてください」

 頑固で、
 そして厄介だった。
 門脇の言葉が思い出されるのが少し癪だ。

「もう一度だけ、聞かせてください」

 豪が泣きそうに震えた声で言う。

「瑞垣さんが本当に好きなのは、誰ですか?」

 両頬を、しっかり捕らえられて、覗き込んでくる目。
 黒くて丸い、綺麗な目だ。
 ずるいなと思う。こんな目で見られて、こんな声で言われて、落ちないはずがない。
 涙に裏返りそうになる声を何とか絞り出す。

「き……」
「え」
「好き、好きや豪ちゃん、おれは豪ちゃんが……」

 最後まで言い切る前に、唇は塞がれた。
 豪らしくない性急さに瑞垣は驚くが、すぐに染み入るような幸福を感じて目を閉じる。
 どれだけそうしていたか、互いに互いの唇を存分味わってから、ようやく離れる。
 名残惜しそうな豪の様子が何だかおかしい。

「あの、な、豪ちゃん。おれこれからもう帰る予定やったんやけど、その」
「あ、あ、瑞垣さん」

 瑞垣が迷いながら言いかけると、豪は何故か慌てて、瑞垣の唇を掌で覆った。
 それから一瞬だけ躊躇って、ちょっと照れ臭そうに言う。

「今日はクリスマスです。おれと一緒に過ごしてもらえませんか?」
「もちろんや」

 まだ涙に濡れた目を細めて笑い頷けば、豪の表情がぱっと輝く。

「あ、あの、そしたら、どうしますか、今からどっか店、あ、でも予約もしてないしもう無理ですかね。ちょっと待っててください、すぐに」
「豪ちゃん」

 おたおたと携帯を取り出そうとする豪の腕を掴んで、瑞垣が言う。

「すぐそこなんやけど……おれんちじゃ、いかんかな?」
「え、い、いいんですか?」
「二人になりたいなって」

 豪の返事はもちろんオッケーで、それから二人は近くのスーパーで適当に食べ物と酒とケーキを買って、急いで帰って、玄関で改めてキスをした。
 今度はもっと濃厚に。ねっとりと長く、深く。
 ベッド行く?って言ったら、行きますって豪も頷いて、コートを脱いで、冷えきった部屋だと寒いから、服は着たまま布団に潜りこんで、何度もキスをする。エアコンだけだと、部屋はなかなか暖まらない。それでもすぐ傍に温もりがある。
 豪の指が瑞垣の頬を愛しげになぞる。

「なあ、続きやらんの?」
「なんか、先に進むのがもったいなくて」
「なんやそれ」
「幸せすぎて、胸がいっぱいで……できるだけこの時間を長く感じていたいんです」
「けど、何もせんでも時間は過ぎていくぞ」
「そうなんですけど」

 言えば、豪は困ったように笑う。

「あなたをゆっくり堪能したいなって、そう思って」
「ん、別に好きなようにしてくれたええけど」
「でもこの先に進んだら、多分余裕がなくなってしまいます。堪能するとかそういうの考えられんくらい思考が働かんようになって、ひとつひとつを感じることのできないまま、気が付いた時にはきっと終わってしまってる」
「そしたらまたすればええ。豪ちゃんの満足するまで、何回でも。明日も、明後日も、その次の日も好きなだけ。なあ、だっておれはもう、豪ちゃんのものなんや」
「瑞垣さん……」

 豪は手を滑らせて、瑞垣の前髪を押し上げると額に唇を寄せる。そこから瞼に、鼻にと啄むようなキスを落とす。
 豪の鼓動が早くなっているのがわかる。
 目が、情欲に熱を帯びているのも。
 唇がまた重なりあって、舌が差し入れられて、絡み合う。

 豪と最後にこうしたのは、十月の末。
 たった数十日、たった二ヶ月ほど前のことだ。
 それなのにもっとずっと長く触れていなかった気がする。
 こんなにも欲しくてたまらない。

「瑞垣さん」

 心地よい声。
 服の下、肌の上をなぞるように動く指先から胸のうちに伝わる熱。脈打つ心臓の音、自分が自分でなくなってしまうような、少しの恐怖と、それから、
 それからたまらなく愛おしいと思う気持ち。
 何度も、何度も、味わったこの感覚。
 豪の指が瑞垣の目元をそっと拭う。
 それで初めて、また泣いてしまっていたことに気づく。けれど瑞垣の上に覆い被さる豪も泣いていた。柔らかく微笑む瞳は涙に濡れて揺れていた。
 二人でちょっと笑い合って、もう一度キスをして、それからようやく繋がって、すっかり暖まった部屋で汗だらけになりながら、それでも抱き合ったまま離れようとはしなかった。
 夜が更けていく。

 幸せな気分で眠った。
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