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02.25
Sun

 あれ以来、瑞垣とは連絡を取っていない。電話だけでもしてみようかと、何度か考えはした。
 けれど、今はまだ入院中だろうからとか、門脇とのことを考えるともう会わない方がいいんじゃないかとか迷ってばかりで、そのうちに瑞垣が会社を辞めたという話を聞いた。
 正直言って、かなりショックだった。
 仕方のないことだと、頭ではわかっている。
 だって瑞垣が本当に好きなのは門脇なのだ。
 だから、自分は瑞垣のことを諦めなくてはいけない。
 瑞垣の幸せを願うなら、もう豪は何もすべきではない。
 本当に瑞垣のことが好きなら、彼の一番の望みを優先すべきで、豪はその望みの中には入っていなくて。
 そんな風に自分に言い聞かせる。平日は仕事があるからまだしも、休日一人で過ごしたりなんかしていると、一層気分が暗くなる。
 気晴らしのつもりで、外に出掛けた。静かなところで一人でいたくなくて、電車に乗って、繁華街まで足を伸ばす。
 着いて早々後悔した。
 街の中はどこもかしこもクリスマスの装飾がなされていて、どことなく浮かれたような空気に満ちていた。
 たった二ヶ月程前、ハロウィンが終わって街がクリスマス一色に染まって、そしたら当日は何を作ろうかとか、プレゼント何を用意しようとか、ケーキはどうしようかとか、自分だって浮かれた気分でそんなことを考えていたというのに。
 バカみたいだ。
 最初からわかっていたはずなのに。
 瑞垣には自分ではない誰か、他に想う人がいるということ、自分が瑞垣とどうこうなれるわけないってこと、最初はちゃんと理解していたつもりだった。なのに一緒にいるうちに益々、瑞垣に対する気持ちが深くなって、もしかしたら自分にもチャンスがあるんじゃないかなんて勘違いしてしまった。
 だって瑞垣はいつだってどこか寂しげで、そんな顔をさせるような相手なんだったら、いっそ自分が奪ってしまったって構わないんじゃないか。瑞垣だって本当は心のどこかでそれを望んでるんじゃないかって。
 門脇は自分も瑞垣も昔の約束に縛られていただけだと言うが、実際のところそうではないと豪は思っている。瑞垣は門脇が好きで、門脇も瑞垣のことが好きで。
 だからこれでいいんだ。
 まるで自身の心に念を押すように思う。
 瑞垣がちゃんと幸せであるなら、それが自分の一番の望みだ。
 そもそも今回のことは豪が瑞垣と関係を持ってしまったことが原因の一端でもあるのだから、自分が身を引くことで丸く収まるのならそれでいい。

 そんなことを考えながら歩いて。
 ああ、と豪は白い息を吐いて、立ち止まる。

 嘘だ。
 本当に望んでいたのは、
 瑞垣と自分が結ばれることで。瑞垣の傍で、同じ時間を過ごして、

「豪ちゃん」

 あの声で、そう呼ばれて。触れて、キスをして、抱いて。くすぐったいような気持ちになって。
 豪の本当の望みはそんなことだ。
 けれどそれは口にしてはいけない。
 口にできない理由は、無駄だとわかっているからだ。
 瑞垣は門脇を選ぶから。だから豪の望みは叶わないから。そうしたら傷つくのは自分だから。
 瑞垣の幸せがどうとか言いながら、それがただの言い訳に過ぎないことに気が付いてしまう。
 きちんと話もしていない。
 話をする前に逃げてしまった。
 豪も、そして瑞垣も。
 けじめをつけてください。
 門脇には偉そうなことを言っておいて。
 不意に、
 ポケットの中で電話が鳴った。
 期待してしまう。
 けれど期待は見事に裏切られた。
 電話は母親からだった。

『ちょっと豪、お母さん昨日メール送ったんやけど』
「あー……」

 言われて思い出す。気づいてはいたが、めんどくさくて放置してしまっていた。
 母親は構わず話し始める。

『あんた年末くらいは帰ってくるんよね? まったく、こっちから電話せんと、いっこも連絡してこんのやから。ねぇ、ちょっと、聞いとる?』

 電話口から母の訝しむ声が聞こえたが、豪の意識は他に向いていた。
 雑踏の向こう。風に流れる、明るい茶色の髪。立ち止まり、空を見上げる横顔。
 目の前を小さな白いものがひらりと舞って落ちていく。

「ごめん、またかけ直す」

 一方的に通話を切って、携帯をしまって、混み合う人を掻き分け、進んで、再び歩き始めたその人に向かって、
 手を伸ばす。

「瑞垣さん!」

 手首を掴まれ、弾かれたように彼が振り返る。強張った表情が、豪の存在を認めて安堵に変わる。
 驚きに目を見開いて、力が抜けたように呟く。

「っくりした……」
「あ、す、すみません!」

 ハッとして手を離し、それからしまったと思う。
 何も考えずに動いていた。
 呼び止めて、どうするつもりだ。
 これ以上傷つかないうちに、諦めるんじゃなかったのか。
 矛盾した自身の行動に混乱していると、瑞垣が苦笑しながら言った。

「ここじゃ寒いから、どっか入らんか?」

 歩いてすぐの場所、見つけたカフェに二人で入った。
 適当に飲み物を頼んで、空いたテーブルを探して混んだ店内をうろつく。タイミングよく、二人組の男女が席を立ち、入れ替わるように豪と瑞垣が座った。
 コーヒーを一口飲んで瑞垣が言う。

「ごめんな、何の連絡もせんと。元気にしとったか?」
「はい、瑞垣さんは、もういいんですか?」
「ああ、うん。このとおり。あのな、それで……もう聞いとるかもしれんけど、おれ会社辞めたんや」

 テーブルの上で、両手で持った紙コップを見つめて、瑞垣は言葉を重ねる。

「おまえさんには迷惑かけたな。本当ならちゃんと会って、話すべきやったんやけど……」
「迷惑やか思ってません。それに、連絡せんかったんはおれも……すみません。色々考えて、迷ってしまって」
「謝らないかんのはおれの方や。ほんまはずっと考えとった。おまえにはおまえの人生があるのに、おれが振り回して、滅茶苦茶にしてもうて、このままじゃあかんって」
「そんなこと……!」

 言いかける豪に、瑞垣は顔をを上げ、視線だけで制止する。

「おれはおまえを利用したんや。現実から逃げたくて………好きなだけ甘えさせてくれる、嫌な気持ちとか、不安とか後悔とか、全部忘れさせてくれるそんな場所が欲しかった。巻き込んでごめん。謝っても過ぎた時間が戻ってくるわけやないし、今更取り返しもつかねぇけど、今はこうすることしかできんから」
「もう、いいですから……おれのことはいいんです。やから瑞垣さん、これ以上、自分を責めて、自分で自分の心を傷つけるのはやめてください」
「相変わらず優しいな、永倉は」

 豪はテーブルに視線を落とし、唇を噛んだ。
 距離を感じさせる呼び方だ。

「そうやないです、優しいとかそんなんじゃ。おれは………おれは瑞垣さん、あなたのことが」
「永倉」

 遮るように瑞垣が言う。

「ごめん。おれには、あいつがおるから、だからおまえとは」
「………」
「永倉。おまえなら、他にいくらでもええ子がおる。ちゃんとかわいい女の子と恋愛して、結婚して、家庭を持って、なあ、ほんまならおまえの人生、そんな風に進むはずやったんや。おれがそれを邪魔してもうたけど、今からでも遅くないと思う」

 豪はずっと俯いたままだ。
 瑞垣は立ち上がると、椅子の背にかけたコートを取る。

「おれ、そろそろ行かな。話せてよかった」

 すれ違いざまに言われる。

「今までごめんな。幸せになれよ」

 これが最後みたいに。
 泣きそうに。
 震えた声。
 無意識に動いていた。
 肩を掴んで、強引に振り向かせる。

「あっ……」

 濡れた目元。
 急いで隠そうとする手を取り、有無を言わせず引っ張って行く。

「ちょ、ご……永倉!」

 店を出て、人気のない路地裏で、向かい合って立つ。
 瑞垣はバツが悪そうに斜め下に視線を落とす。
 豪もまた俯きながら、言葉を紡いでいく。

「しつこくしたくはないと思ってました。瑞垣さんが、門脇さんを好きなら諦めなきゃって」
「そうや。わかっとるやないか。おれは、今でもあいつのことが」
「好きですか?」
「ああ」
「門脇さんのことが?」
「さっきから、そうや言うとる」
「本当に?」
「永倉、いい加減に」

 やや強い口調で言いかけた瑞垣の頬を、豪は両側から大きな掌で包む込みと、ぐいっと上向かせる。

「じゃあ何で、そんな顔しとるんですか?」

 そこにあったのは涙に歪んだ顔だ。
 眉根が寄せられ、強気に引き結ばれた唇が小さく戦慄いている。

「瑞垣さんはずるいです。いつだって嘘ばかり、隠して誤魔化して逃げて」

 目尻から涙が一筋流れて、豪の手を濡らした。
 涙は次から次へと零れ落ちる。
 思い浮かぶままに言葉を紡いだ。豪の気持ちそのものだった。

「おれは、瑞垣さん。あなたのものになりたい。そしてあなたをおれのものにしたい。あなたの弱い部分も、醜い部分も、全部ほしい。どうか逃げないで、偽らないで、瑞垣さんの中におれを入れてください」
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