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01.27
Fri

 病院の隣に公園があった。日差しの温かさを感じられる季節には、散歩に出る患者の姿も見られたが、寒さのせいか今は閑散としていた。
 ベンチに並んで座る。

「驚いたな」
「おれもです……」

 互いに顔も合わせずに言った。
 目の前を子どもが二人、騒がしく駆けていった。学校から帰る途中なのだろう。どちらもランドセルを背負っていた。
 門脇が膝の上に肘を乗せて両手を組み合わせた。背中が丸くなる。

「先週の終わりに、球団から話があってな。おれ、契約切られてもうたんや」
「………」
「これで俊とも、もう終わりや」

 門脇の声は無感情で、視線はずっと下方を向いている。
 それでようやく得心がいった。門脇の身体が妙に小さく見えた理由。
 門脇自身もひどく傷ついていたせいだ。傷ついて、自信と尊厳を失って、そうして瑞垣との間に溝が生じた。
 恐らくそんなところだろう。けど、そうだとしても、
 なんて自分勝手なんだろう。
 そんなことを思ってしまう。

「瑞垣さんは門脇さんのことを許す気でいます」

 ささくれ立った気分そのままに声が出る。
 門脇は自嘲気味に笑う。

「ああ、正直それが一番キツいかもしれん。こういうことを言うたらあれやけどな。永倉、おまえが殴ってくれた時、おれ心のどこかでほっとしたんや」

 殴らなきゃ良かった。心底思った。
 門脇は己の行いを悔いている。だからこそ瑞垣の赦しは彼にとって酷だったはずだ。まだ怒って、責めてくれた方がいくらかマシだろう。

「ごめんなってな。俊が言うんや。おれ、今頃気付いた。おれがこんなやから……俊はずっとしんどかったんやなって………永倉は、俊のことを大事にしとったんやな」
「……少なくとも自分では、しとったつもりです」
「顔を見たらわかる。ここのとこ家に行っても大抵俊はおらんくて、メールや電話をしたら帰ってくるんじゃけどな。そんな時はいっつも不機嫌そうやった。おまえとおるのがよっぽど幸せやったってことじゃな」
「けど……悔しいけど、それって瑞垣さんにとって、おれよりも門脇さんの方が」
「そうやない、ただ昔の約束に縛られとっただけや。俊も、おれも………」

 豪は横目に門脇を一瞥すると、また視線を正面に戻した。
 先程の子ども達がふざけあっているのが見えた。高い笑い声が響いてくる。

「これからどうするんですか?」
「さてな、何も考えとらん」

 嘆息に乗せて門脇は言う。

「もうどうしてええかわからんのや」
「野球は? 本当にやめてしまうつもりなんですか?」
「契約切られてもうたんや。どうしようもねぇじゃろ」

 門脇は身体を起こして立ち上がり、上着のポケットに手を突っ込む。そうして眩しそうに子ども達が戯れる様子を見つめてから、豪に向き直った。

「随分勝手な言い分じゃとは思うけど」

 門脇は今度は目を逸らさなかった。

「おまえなら俊のこと幸せにしてやれるんやろう。じゃけん、おれが酷い目合わせた分もおまえが」
「それ以上言ったら、殴りますよ」

 怒りを含んだ声に門脇は気圧される。

「今度はグーで」

 豪は立ち上がって、門脇を睨めつけるように見た。
 それから言った。

「おれは、瑞垣さんのことが好きですけど、幸せにしたいと思うとりますけど……でも、だからってどうして門脇さんの尻拭いをおれがせんといけんのですか」

 腹が立っていた。ものすごく。
 なんでこんな情けない男を瑞垣が庇うのかがわからなかった。
 瑞垣をあんな痛々しい姿にしておいて、落ち込んで勝手に絶望して自分では何もしないで、人に全部押し付けようとかふざけるな。
 ぎりっと奥歯が鳴った。

「自分でしでかしたことの責任くらい自分でとってください」
「手厳しいな」

 門脇は声を出さずに笑う。

「当然です、瑞垣さんをあんな目に合わせて……どうしてええかわからんなら、わからなくても自分で考えて、悩んで、悔やんで。苦しめばいいんです、それだけのことをしたんですから……」

 門脇に向けて発しながらも、豪の言葉は自身の胸をも切り刻んだ。
 瑞垣が他に想いを寄せる相手がいることを知りながらも、瑞垣を手に入れようとした。
 瑞垣の話を、気持ちを確かめようともせずに自分の想いを押し付けた。
 それだって十分酷いことだ。そうして中途半端なことをし続けた結果がこれだ。

「けど、だからって全てを諦めて何もかも放棄するのは救いようのないバカのすることです」

 門脇が何か言おうと口を開きかけた時だ。
 遮る声があった。

「やっぱり門脇だ!」

 先程の子どもらが駆け寄ってきて、片方が指さしながら言い、もう片方がその頭をはたいた。

「バカ、さんぐらいつけろ! それか選手!」
「ってぇ、けどみんなテレビ見ながら言うじゃん。呼び捨てじゃん」
「テレビ見てる時とかはいいんだよ」
「えーよくわかんねぇ」

 叩かれたところをさすりながら唇を尖らせ、子どもが無邪気に見上げてくる。

「あのねーおれの母さんねー、門脇、さんのすっげーファン。テレビで見る度かっこいいって言ってる」
「そっか、それはおおきに言うといてくれ」

 門脇が苦笑しながら応えている。

「そんでねー、おれも門脇さんのホームラン好きだよ! すっごいもんね! ねえ来年復帰するの? 膝は良くなった?」
「いや……うん、まあそうやな、まだあまり良くなくてな」
「そっかあ」

 それを聞いて子どもは肩を落とす。眉が八の字になっていた。
 門脇は膝を折ってしゃがむと、小さな頭に手を添える。

「野球、好きか?」
「うん、好き! だから4年生になったらクラブ入るんだ」
「そうか、がんばれよ」
「うん! そうだ握手してください!」

 大きく頷いて、子どもが手を差し出してきた。
 無垢な瞳がまっすぐに見つめてくる。門脇は僅かに躊躇ってから、その手を握った。

「じゃあね、門脇さんもがんばってね!」
「ああ。前向いて走れ、転ぶぞ」

 後ろを振り返りながら走り去っていく姿に、門脇が声を投げるが、その瞬間子どもは地面に転がった。隣の子どもが呆れながら助け起こしてやっていた。
 門脇は目を細めてその様子を見守っている。
 門脇の背中に向けて豪は言う。

「瑞垣さんと話をしてください。ちゃんとあの人と向き合って、門脇さんもけじめをつけてください」
「それで? 永倉は、どうするんや」

 遠ざかっていく子どもの姿を見つめながら、門脇が問いかけてくる。

「どうって……」
「そないな顔して。おれのことはええ。俊と向き合わなあかんのはおまえもじゃろ?」
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