FC2ブログ
01.17
Tue
あと少しあと少しあと少し!!
 翌日、午前の業務の最中のことだ。
 豪宛てに内線電話で問い合わせがあった。営業課の顔見知りからだった。

『悪いな。忙しいとこ』
「いえ、大丈夫です。どうかしたんですか?」
『ちょっと聞きたいことがあって。確か永倉って瑞垣と仲良かったよな』
「え」

 思いもよらぬ質問に豪はぎくりとする。
 しかし冷静に考えてみれば、瑞垣とは昼休みもちょくちょく一緒に食べに出かけたりしていたから、別に何も不可思議な見解ではない。
 慌てて返答する。

「あ、そうですね。はい」
『瑞垣、今日出勤してなくてさ。連絡取れないんだけど、おまえなんか聞いてない?』
「いえ、携帯は」
『何回かかけてるけど全然繋がらないし、折り返しもなくて……』

 その言葉に豪の胸はざわついた。
 そう言われれば夜中に送ったメールに返信がなかったが、もう寝てしまったのかと思って、気にしていなかった。
 まさか昨日の件が原因か。
 悩ませてしまったのだろうか。
 そんな不安に駆られたが、それにしたっておかしい。
 休むにしても、会社にまで連絡を怠るような人ではないはずだ。
 嫌な予感がした。
 席を立って、廊下に出る。携帯で連絡を試みたが、案の定数度のコール音の後に留守番電話のアナウンスが流れるだけだった。
 念のためにメッセージを残し、時間を置いてもう一度電話をかけた。
 今度は8度目のコールで応答があった。通話に切り替わる音に豪が口を開きかけた時、

『はい』

 聞こえてきた声は、瑞垣のものとは違っていた。落ち着いた男の声で、どこか聞き覚えがあるような気がした。
 豪は狼狽しつつ、それでも何とか言った。

「あの、瑞垣さんの携帯、ですよね?」

 瑞垣とは何度か携帯でのやりとりもしているし、電話帳に登録しているから間違いはないはずだ。先日も会ったばかりだが、番号を変えたという話も聞いていない。
 電話の向こうであっと小さく息を呑む音がした。

『永倉って、あの永倉か? 原田巧の……』

 原田巧。
 呟かれたその名に、豪の中でひらめくものがあった。
 点と点が結びつくように、声の主と記憶にある人物が繋がる。

「……門脇さん?」
『ああ』

 電話越しにも門脇が呆然としているのがわかった。
 そして、豪自身も驚いていた。

 電車が大きく揺れて、目的地に到着する。開いたドアから降りて、足早に改札を目指す。
 
『俊は今、病院におる』

 門脇の声は悄然としていた。
 どういうことかと、つい詰問口調になった豪に門脇は言った。

『おれのせいや。おれが俊を傷つけた』

 詳しい経緯は知らない。
 ただ門脇が瑞垣に怪我をさせた。
 門脇の口から語られたのはそれだけだ。
 業後まで待てずに、早退した。
 病院で治療を受け、今は安定していると聞いても、自分の目で確かめるまでは落ち着かなかった。
 病院に運ばれる程の怪我だなんて、どれだけ酷いのかと思ったら、いてもたってもいられなかった。
 一度だけ訪れたことのある、市内の総合病院。
 入社前の健康診断で世話になったきりだ。
 正面入り口前に門脇の姿があった。
 2年程前にテレビで見た時よりも、身体は一回り小さく、表情は翳りを帯びているように見えた。

「705号室や」

 門脇は目を合わさない。
 無性に腹が立って、豪は門脇の胸ぐらを掴むと、その痩けた頬をひっぱたいた。
 門脇は痛みも感じないかのように眉ひとつ動かさず、黙って地面を見つめていた。

「あとでお話を」
「ああ……」

 胸ぐらを離して、豪は言い、門脇は短く答えた。
 教えられた大部屋の、隅のベッドに瑞垣はいた。身を横たえて、ぼうっと天井を見上げている。豪に気づくと、首を動かし、視線をこちらに寄越した。
 額から左目にかけては包帯に覆われ、頬にはガーゼが宛がわれていたが、腫れあがっているのが見た目にもわかった。
 瑞垣の姿を目にした豪が息を詰める。
 抑え込んだはずの怒りが再び沸き立った。

「お、こるな……」

 動かし辛そうに、口を開いて瑞垣が言う。
 豪は険しい顔のまま、瑞垣の傍らに立つ。
 瑞垣がゆっくりと手を上げて、豪の腕に触れてくる。

「ごめ、な、おれ、が…………」

 悪いんや。
 途切れがちに紡がれた言葉に、豪は首を横に振る。
 門脇と瑞垣の間でどんなやりとりがあったのかは知れない。二人の間の事情なんて知らない。それでも陳腐な想像くらいはできる。
 腕に触れる指をそっと取りあげる。

「ひとつだけ教えてください。門脇さんとは、付き合ってるんですか?」
「そう、や……」

 ごめん、と瑞垣は繰り返し言った。
 瑞垣が隠し事をしていることには、うすうす気づいていた。
 瑞垣には自分の他に想う相手がいることにも。
 相手が門脇とは、流石に考えが及ばなかったが。
 それというのも、豪にとって巧がそうであるように、今や門脇も瑞垣にとって遠い存在であると勝手に思い込んでいたからだ。
 しかし思い返せば符号はいくつかあった。
 最初の頃、酒に酔って眠ってしまったのを起こした時の、寝ぼけた瑞垣の発言。
 豪が買った野球雑誌を何気なく見ていた時の、瑞垣の表情。
 門脇のことを訊ねた時の複雑そうな様子。
 豪は密やかに息を吐き出す。
 聞きたいことはまだあった。だが、それらの質問を豪は自らの内に押し留めた。
 ただでさえ傷ついているであろう瑞垣を、これ以上苦しめたくなかった。
 豪は静かに目を伏せた。
 
スポンサーサイト
back-to-top