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01.08
Sun
嵐の前
幸せな感じにするはずが、ローテンションですいません!


 自分と瑞垣の関係はとても曖昧なものだと、豪は思っている。
 一般的な恋人とは違う。なりきれないというのが正しいかもしれない。
 豪は瑞垣のことが好きで、瑞垣と体を重ねたことは何度もある。瑞垣も豪のことを好きだと言ってくれるが、それが豪と同じ意味の「好き」なのかはわからない。
 昔から、本心を見せない人だとは思ってはいた。
 肝心な部分はいつも嘘で塗り固めて隠してしまう。
 そして豪もまた、肝心なところで一歩踏み込めずにいた。
 いつまでもこのままじゃいけないと思いつつ、結局どうすることもできず、ずるずると時間だけが過ぎていった。
 季節は移って、秋の終わり。
 風の冷たさに早くも冬の気配を感じるようになってきた頃のことだ。

「豪ちゃん今日も泊まってってええ?」

 金曜の夜、いつものように瑞垣が言った。
 ご飯を食べて、風呂に入って、セックスする。
 お決まりのパターン。
 そうすると翌日は大抵昼前に起きて、また一緒に一日を過ごす。最近は外に出かけることなんかもあったが、その日は家で借りてきたDVDを見ていた。シリーズものの洋画で、連続で見続けていたら、いつの間にか夜になっていた。
 いつもなら土曜の夜には、瑞垣は自宅に帰っていく。
 ところが晩御飯を食べた後、「帰る前にもっかい」と言って、瑞垣が豪に圧し掛かってきた。豪もそれを受け入れ、それから二人で眠ってしまった。少しだけのつもりだったが、気づけば随分時間が経っていて―――
 うっかり終電を逃した。

「明日もどうせ休みです。泊まっていってください」

 豪が言うと、瑞垣は大人しく頷いた。
 タクシーを使えば何とでもなることだったが、できるだけ長く一緒に居たいという豪のわがままだった。
 そうして日曜も、あっという間に時間は過ぎた。

「あ、の、瑞垣さん……」

 たじろぐ豪に瑞垣がにじり寄りながら艶やかに微笑む。

「昨日、一昨日も、その、毎日だとしんどくなったり」
「豪ちゃんは? もう限界? 明日が辛い?」
「い、いえ、あの、おれやのうて、その……」
「ほんなら大丈夫や」

 豪の膝に乗って、瑞垣は首の後ろに手を回す。

「ええやろ。また一週間お預けなんや。ぎりぎりまで、豪ちゃん味わいたい……」

 そうして唇が合わさると、豪はもう何も言えなくなってしまう。自身の内側から溢れ出る欲に溺れるように瑞垣を抱く。瑞垣は豪に身を委ねる。
 思う存分堪能し、欲を吐き出す。それでも尚離れるのが惜しくて、豪はくったりとした身体を腕に抱きながら、ある提案を持ち掛けた。ずっと考えていたことだった。

「瑞垣さん、一緒に暮らしませんか?」

 突然の申し出に瑞垣は目を瞬かせた。密着させた身体を離して、豪を見上げる。

「この部屋は、二人で住むには狭いから、どこかもう少し広いところを探して……」

 瑞垣は迷ったみたいに、視線をうろつかせて言う。

「……今のままじゃ、あかんか?」
「瑞垣さんは今のままがいいんですか?」

 返答はなく、瑞垣は視線を落として、俯いてしまう。
 胸が痛んだが、表面には出さずに豪は重ねる。

「おれは、前に進みたいと思ってます」

 目頭が熱い。
 鼻の奥がつんとして、泣きそうになっているのだと自分でもわかった。
 どう話そうか、本当はもっとちゃんと考えていたはずだった。
 これだけ行き来するならいっそ一緒に住んでしまった方がとか。
 お金の面でも助かりますしとか。
 終電を気にしなくていいだろうとか。
 なのに、考えていた言葉はどれも的確ではないように思えた。
 なんだか胸の中がつかえるような感じがあって、苦しかった。苦しさを逃れるには、何か言わなければならない気がした。

「瑞垣さんが好きです」

 もっと他に言いようはないのかと自分でも思う。
 だって全然足りない。
 こんな言葉では伝わらない。伝えきれないのに。
 悔しくてもどかしかったが、他に何も浮かばなかった。
 しばらく沈黙が続いて、瑞垣が豪の胸を押した。
 見上げてくるのは傷ついた目だ。どうしてそんな目をしているのか、豪にはわからない。

「ごめん、豪ちゃん。おれ、なんか今頭の中がぐちゃぐちゃで……」
「すぐに答えが欲しいなんて言いません」

 苦しい気持ちのまま、豪は言った。

「少し、考えてみてもらえませんか?」

***

 豪の家からの帰り道。
 瑞垣は一人歩きながら考える。
 空気の冷たさに月が冴え冴えとしていた。

 豪とは一時的な関係で終わらせるつもりだった。
 そういうのは昔から得意だ。
 寂しさを紛らすため、満たされない気持ちを満たすために。そんな自己都合で、瑞垣は豪を利用した。
 深みにはまらないうちに関係を断つ。
 そのつもりでいた。
 初めは夏が終わったらと。なのに夏が終わったら、次は秋の終わりまでにはと、結局どんどん先延ばしにしてしまった。
 豪の傍は、あまりに居心地が良すぎた。
 そうして今日、瑞垣は後悔した。

「瑞垣さんが好きです」

 まっすぐに向けられた真摯な言葉。
 深みにはまってはいけない。自分自身に言い聞かせてきたはずなのに。自分の力だけではもう抜け出せないところまできていた。
 豪の言葉を撥ね付けることができなかった。
 かといって受け止めることもできなかった。
 だって自分は門脇のものなのだ。
 あの日からずっと。
 おれの全てをおまえにやると、自分で言った。 
 守り続けている約束。
 門脇と繋がり続ける理由。
 いや、それだけではない。
 門脇のことは今でも……
 今でも?
 本当に?
 こうして豪の言葉に揺らいでるのに?
 本当に門脇のことが好きだなんて言えるのだろうか。
 それにそうだ。約束だって、

 「おれの全部をおまえにやる」
 「その代わり野球、やめるな」

 門脇は野球をやめていない。球団には所属している。二軍とはいえ、試合にだって出ている。
 だけど、門脇は野球から逃げている。
 酒に。そして瑞垣に。

 なんだ。
 お互いさまじゃないか。
 それなら自分だって、逃げても別に構わないんじゃないか?
 こんな負い目を感じる必要もないんじゃないか。

 そんな考えが頭によぎった。
 足を止める。
 踵を返し、来た道を戻ろうとして、二の足を踏む。

 本当に?
 それでいいのか?
 また後悔するんじゃないか?
 もしも瑞垣が門脇のもとを完全に離れてしまったら、門脇はどうなる?
 門脇はそれを黙って見過ごすだろうか?
 仮にそうだとして、今度こそ本当に、野球をやめてしまうんじゃないか?

 そうなったらきっと瑞垣は一生後悔する。

 決心したと思った途端、気持ちが揺らぐ。

 どうすればいいのかわからない。
 自分の気持ちすら。
 考えるのがしんどい。
 豪がこちらの意思を尊重してくれようとしてるのはありがたい。
 だけど、考えれば考えるほどよくわからなくなって、もう何もかもが面倒になってくる。
 いっそ誰か勝手に決めてくれないかなと思うが、そんな都合のいいことがあるはずもない。

 わかってる。
 これは自分自身の問題だ。
 投げやりになりながらも、瑞垣はちゃんと理解している。
 いつかはどうにかしなければいけない問題だった。
 それを先伸ばしにしたのも自分だ。
 豪のことも、自分が蒔いた種だ。
 だから自分でなんとかしなきゃいけない。

 今までだってそうやって、なんとかやってきた。
 周りも自分も、偽って誤魔化すのには慣れている。

 適当に繕って、それらしく見せかけて、

 それで。

 それで――――

 少しして、瑞垣は駅に向け、ゆっくり歩き出した。
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