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11.19
Sat

 知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。
 気がついたら自分は豪の腕の中で、薄い掛布の下で、抱き合うようにぴったりと身体をくっつけていた。何時だろうと身を捩って、枕元の時計を見てみれば、10時を過ぎた頃であるのがわかった。
 瑞垣の動きに呼ばれたか、豪が小さく呻いて目を開けた。

「瑞垣さん……」
「あ、悪い、起こしたか」
「いえ、どうせ一旦風呂に入りたいし、それに腹も減りました」

 あくび混じりに言って、豪は照れ臭そうに笑う。
 瑞垣はそんな豪の様子に目元を和ませ、自ら身を擦り寄せていく。

「じゃ、一緒に入らねぇ?」
「勘弁してください、身が持ちません」
「今更? こんなことしといて?」
「なんかまだ、実感わかないっていうか、慣れないっていうか、その、本当に……すみません…………」

 バカみたいに真面目な答えに、瑞垣はつい吹き出してしまった。
 豪が眉尻を下げて、情けない顔になる。

「いやいや、おれ豪ちゃんのそーゆートコ好きよ?」

 言って瑞垣は豪の鼻にキスをする。

「なあ、今日泊まってってもええか? 別にもっかいしたいとか、そういうんじゃないから……」
「瑞垣さん?」

 豪が不思議そうな顔をし、それからあっと声を上げて、申し訳なさそうに言った。

「身体辛いんですか? すみません、おれが」
「あー違う違う。豪ちゃん、初めての割にはうまかったし。未経験ってのが嘘じゃねぇのってくらい。うん、知ってる! 男ってみんな同じこと言うのよ、ヒドイわ豪ちゃんたら純粋無垢なこのおれを騙すなんて! 俊二くん泣いちゃうから!」
「ないです! ほんとに! 瑞垣さんだけですって!」

 豪は慌てて否定し、瑞垣は笑う。
 声を漏らして笑う瑞垣にからかわれたのだと気づいて、豪はばつが悪そうに唇を噛む。
 瑞垣は笑いを収めると、豪の胸をそっと押して離れる。

「おれ、豪ちゃんのこと好きやなぁ」

 切ないような顔で瑞垣は言う。
 豪は呼吸を止めて瑞垣を見やり、上半身を起こした。

「瑞垣さん、おれ……」
「だからな、ごめんな」

 酷いことをしている自覚はある。
 けれどもう今更どうしようもなかった。
 豪は少しの間じっと瑞垣の顔を見つめていたが、やがて言った。

「よかったら先にシャワー浴びてきてください。メシ温めなおしておきますから」

 豪が言って、ベッドから出ていく。
 豪の気遣いや優しさが、今はただ辛い。
 胸に凍みるような痛みを覚え、瑞垣はこみ上げてきたものを無理矢理飲みこんだ。

***

 朝になる。
 携帯電話の目覚まし音で豪は目を覚ます。
 カーテン越しに暑い夏の日差しを感じる。
 腕にはしっかり瑞垣を抱き締めていて、触れ合う肌が汗ばんでいる。寝間着代わりのシャツもぐっしょり濡れていた。
 寝惚けた眼差しと目が合う。

「はよ……」

 ふにゃりと相好を崩して言われる。
 幸せそうな、それでいてどこか悲しげな顔だった。
 なんだか胸に迫るものがあって、豪も緩く微笑む。

 お互いダルい身体を起こして、支度を整える。
 豪のワイシャツに袖を通してみた瑞垣は困ったように首を傾げた。
 やはりというか、わかってはいたがサイズが大きすぎて、肩と袖が余ってしまう。
 裾も長すぎる。
 流石にこの恰好で仕事に出るわけにはいかない。

「やっぱ無理かー」
「昨日のは、流石に今の時期キツイですよね……」
「おれ一回家帰るわ。下着も変えたいし」
「あ、朝ごはんは……」
「仕事遅れるから」

 口調は柔らかかったが、有無を言わせぬ物言いだった。
 豪は黙って頷く。

「じゃ、また仕事終わりにな」

 昨日のシャツと夏用のスーツパンツを身に着けて、瑞垣は出て行く。
 扉が閉まって、狭い部屋に一人きりになる。

 瑞垣が帰った後は、いつも何か少し息苦しいようなそんな感覚があって、それが寂しさなのだということに気が付いたのはごく最近だ。
 実家でも両親が不在のことは度々あったし、一人暮らしを始めて間もない頃も特にそんな風に感じたことなどなかった。
 瑞垣が家に訪ねてくるようになって、一緒に過ごす時間が少しずつ増えていって、だからだろうか。
 誰かと、いや、瑞垣が傍にいることが当たり前のようになってしまっているのかもしれない。
 もしそうなら、バカだなと自分でも思う。
 相手が誰であれ、四六時中共にいることなんてできるわけがないのに。

 それに、そうだ。
 昨日あんなことがあったからといって、瑞垣は豪のものになったわけではない。
 彼にとっては一時の気の迷いか気まぐれか、衝動的なものだったのだろう。
 だって瑞垣の想いは、恐らく自分に向いていない。
 誰か他に想いを寄せる相手がいるのか、そこまではわからないけれど。
 昨晩、泣きそうな顔で、ごめんなと言った。
 あれはきっとそういうことなのだ。
 だから、その前の好きという言葉に特別な意味など、きっとない。
 
 昨日の瑞垣の様子は、どこかおかしかった。自棄のようなその態度に、だから豪は念を押して確かめたのだ。
 けれど瑞垣はそれでも豪と身体の関係を結ぶことを望んだ。
 豪自身も迷いはあったが、腹の底からわきあがるような欲に結局抗うことはできなかった。

 これからどうなるのだろうという不安がある。
 もちろん瑞垣との関係が今後どうこうなるわけではないだろうが。
 今までどおりできるのか。
 できたとして、自分はそれで耐えられるのか。
 瑞垣への想いを自覚してしまった今、
 まるで何事もなかったかのように、
 不毛な想いを抱えたまま、
 瑞垣と共に今までどおりいることができるのだろうか。

 そんなことを考えながら豪は家を出る。
 すっきりしない気持ちのまま、朝からうんざりするような満員電車に乗り込み、職場へ向かう。
 いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。

「あ、おはよう。体調は平気なの?」
「先週から本格的に暑くなってきたからなー、営業部のやつも誰か熱中症で倒れたとかって聞くし気をつけろよ」

 隣の女子社員や先輩から朝一番に言われ、無難に返しておく。
 昨日の反省も踏まえて、豪は目の前のことに集中する。手のつかなかった書類の処理と、ぼんやりしていて放置してしまっていたメールのチェック。それから問い合わせに対する対応。
 一日で随分と仕事が溜まっていた。
 都合がいい。
 忙しければ、他のことに気を向ける暇がないから。
 余計なことを考えずに済みそうだ。

 多忙に身を任せていると、時間が過ぎるのはあっという間だった。
 未処理の案件が期限ギリギリながらも間に合ったのは同期の女子社員が手を貸してくれたおかげだ。

「すまんかったな、助かった」
「いいよー気にしなくて! その代わりまたご飯でも行こうよ! 永倉くんの奢りで」

 女子社員は闊達に笑うと、冗談めかして言う。
 豪もそれに笑って応じる。

「ランチくらいならええぞ」
「冗談よ! でもそうだ、永倉くんお酒とか飲む方だっけ? 今度」
「はーい、ごめんねー。豪ちゃんはおれ専属の栄養士さんなんで、夜は行けないんですー」

 話の途中で脇から割り込んできた声と肩に置かれた手に、豪は驚いて振り返る。
 いつからそこにいたのか、真後ろには瑞垣が立っていた。
 瑞垣はちらりと女子社員を一瞥すると、豪に向かって言う。

「豪ちゃん、帰んでー」
「あ、はい」

 慌てて席に鞄を取りに戻る豪に背を向け、瑞垣はさっさと事務所から出て行く。
 豪は困惑しつつも女子社員に短く謝罪し、瑞垣の後を追った。
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