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10.10
Mon
まだ続きます。

「一人暮らししてる人にありがちなのよね」

 手元の資料に目を落としながら、年配の女性職員はふぅと小さく息を吐きだした。
 狭い面談室で机を挟んで向かい合う瑞垣は、いかにも面倒くさいと言わんばかりだ。
 毎年春に行われる健康診断。
 血液検査で不名誉な数値を叩き出してしまった瑞垣は、健康管理担当からの呼び出しを食らってしまった。

「朝ごはんを食べたり食べなかったり。あとどうしても外食やコンビニ弁当、インスタント麺が多くなったり」

 心当たりは十二分にある。
 しかし、朝はそんな時間があるなら寝ておきたいし、夜仕事が終わって帰ってから調理する気になどなれないし。
 そんな若造の考えなどお見透しというかのように彼女は言う。

「まあ、仕事が忙しいのも帰ったら家事する気になんかならないのもよくわかるけどね。それならそれで早くおいしいご飯を作ってくれる奥さんもらいなさいな」

 中年女性にありがちなお節介にも、瑞垣は「はーい頑張りまーす」とやる気なさげに返しておいた。
 そしてその夜、
 瑞垣は再び永倉豪の家にいた。

「というわけでじゃな」

 胡座をかいて、頬杖をついて、他人の家の居間で我が物顔で寛ぐ瑞垣は台所に立つ豪に向かって言う。

「外食とかコンビニ弁当とかインスタントとかよろしくないらしい」
「はいまあそりゃそうでしょうけど」
「だからまあなんていうの? おれが美人な嫁さんもらうまでの間はよろしく頼むわ、永倉くん」

 冗談みたいに軽く言って、ひらひらと手を振る瑞垣に、豪は小さく肩を竦める。

「瑞垣さん彼女とか」
「掃いて捨てる程」
「嘘はよくないですよね」
「へいへいおりませんよ。喧嘩売っとんのか」

 変わらず整然とした部屋内を、瑞垣は面白くなさそうに見回す。
 なんというか物が少ない。
 必要最低限のものを揃えたといった感じだ。
 唐突に、瑞垣がにやにやと人の悪い笑みを浮かべた。

「てゆうかあ、豪きゅんはそのへんどうなのぉ~?」

 小鉢を持った豪はピタリと足を止め、一二度瞬きをした。
 表情一つ変えずに言う。

「いますよ」
「えっ」

 瑞垣は一瞬本気で驚いたが、笑いを堪えて引き攣る頬に気づき、舌打ちする。

「おいコラてめぇ、永倉」
「すみません」
「この瑞垣俊二様をおちょくろうだなんて、ええ度胸しとるやないの」
「だからすいませんて。それよりそこまで驚くほど意外ですか? おれに彼女がいるとか」
「意外も意外、都会のイケイケ女子がお前みたいな芋臭い田舎のにーちゃんの手におえるとは思えんもん」
「芋臭いって……」

 豪は眉尻を下げて瑞垣を見る。
 瑞垣はしたり顔になって言う。

「まあ、でもお前さんは優しいからな。そこはポイント高いと思いますよー」
「それはどうも。恐れ入ります」
「おまけに料理もできるしな。いい嫁さんなれるで!」
「はいはい、突っ込みませんからね」
「やだ豪きゅんたら、突っ込むとか突っ込まないとかえっち~」

 身体をくねらせる瑞垣を豪は無視した。
 すっと立ち上がると、台所に戻っていく。
 からかいすぎただろうか。
 根っからの真面目系男子はこれだから加減が難しい。
 考えていたら豪が先に口を開いた。

「瑞垣さんは……」
「ん?」
「今でも門脇さんと会うこととかあるんですか?」

 何を言い出すんかと思えば、いきなりなんやねん。
 そんな言葉がこみ上げてきたが、喉を過ぎることはなかった。
 残念ながら、瑞垣は酒が入っているからといって記憶が飛んだりしない。先日の失態を都合よく忘れてなどいなかった。それが故に動揺してしまった。
 不自然な沈黙に豪が顔を振り向かせる。

「瑞垣さん?」
「あー、ああうん、まあそうじゃな。昔みたいにってわけにはいかねぇけど」

 嘘はついていない。
 相手は本物のプロ野球選手。現に昔のように気軽には会えていない。
 それを聞いて豪はなぜだか少し寂しげに笑う。

「うらやましいな」
「はあ?」
「いえ、そういう古くからの友人関係というか……そういうのが続いてるっていうのが」
「ええと、ようわからんけど……ひょっとして永倉くん、お友達いないの?」
「そういうことではないです」

 豪は手元に気を配りつつ、返答を寄越す。
 フライパンで何かを炒めるような音と食欲をそそる匂いが台所の方から流れてきて、瑞垣はしめたとばかりに話題を変える。

「なあ、今日のおかず何?」

 誰かと食べるご飯に酒は欠かせない。
 そんなことをのたまう瑞垣は今日も持参した缶ビールを開けていた。

「飲みすぎないでくださいね。この間は帰れたみたいで良かったですけど」
「はー、おたくはおれの保護者ですかー?」
「それにあんまり毎日飲んでたら今度は肝臓やられますよ」
「保護者っていうより小姑みてぇ……」

 うえぇと舌を出して眉根を寄せる瑞垣に豪は空になった皿を片づけながら淡々と告げる。

「おれ総務部ですから。社員の健康管理も仕事のうちなんで」
「安心せえ。今日はこれ一本で終わりじゃ。それより永倉、レシート出せ」

 豪は意図を図りかねたように瑞垣の顔と差し出された手を交互に見た。

「飯代。おれ借りは作らない主義なの」
「いいですよ別に。一人分って案外作りづらいなって思ってたんです。それにレシートはすぐ捨ててしまって」

 瑞垣は少し考えて、財布の中から五千円札を一枚取り出すとテーブルに置いた。

「そんじゃま、とりあえず今週分はこれで。今度からレシートとっとけよ」
「え、いや、待ってください! ていうかこれじゃもらいすぎです!」
「ええから受け取っとけ。手間賃も含まれとると思えばいい」

 それにしたって残業だなんだと作れない日だってあるのだからこの金額は多すぎる。
 豪はなかなか納得しなかったが、瑞垣もまた簡単に引き下がることはなかった。結局押し切られたのは豪で、しぶしぶ財布に収める姿を見届けた瑞垣は満足げに笑う。

「ん、いい子」

 本人は無自覚だったが、自然に零れ落ちた笑みだった。
 柔らかく、邪気のない微笑み。
 豪が息を詰めるのがわかった。
 僅かに目を見開いて、瑞垣の顔を凝視している。

「なに?」
「いえ。昔瑞垣さんに言われたことを、少し思い出して」
「?」

 思い当たる節のない瑞垣が首を捻った。

「笑えって。お前は笑った方がかわいいって」
「………おれ、そんなこと言うた?」
「はい。あの、おれが中学二年にあがって少しして」

 瑞垣は頭を抱えて唸った。
 覚えがないことよりも、何よりもただ恥ずかしい。

「ぐあー男相手になんつーサムイことを! 一生の不覚やおれ! ていうかお前もなんでいちいちそんなん覚えとるんじゃ!」
「うーん、正直かわいいって微妙っていうか、嬉しくなくて。男相手にかわいいってなんだよって思ってたんですよね。でも、なんか今更ですけど、瑞垣さんの言ってたのが、なんとなくわかる気がして」
「え、なに、自分のかわいさに気付いたとかそういう?」
「どうしてそうなるんですか」

 豪は苦笑混じりに否定する。
 瑞垣の軽口が冗談とわかっている反応だ。
 けれど豪は至って真面目だった。

「おれも今瑞垣さんを見てて同じことを思ったってことですよ」

 豪が真正面からじっと見据えてそんなことを言うものだから、瑞垣は絶句する。
 長い溜め息の後、鼻に皺を寄せて諭すように言う。

「あのな……そういうことは女の子相手に言うものですよ、永倉くん」
「瑞垣さんだっておれに言ったじゃないですか」
「それは若気の至りというものです。早々に記憶を消去してください」

 いたたまれずそっぽを向いた瑞垣に豪はくすりと笑う。
 そうして先程纏めた食器を手に取り、立ち上がって言った。

「嫌です」
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