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10.10
Mon
未来捏造話
続きます。



「へえお前岡山出身なのか。俺の同期にもいるぜ、岡山からきたってやつ」

 先輩とそんな会話をしたのは入社したその日、歓迎会の席でのことで。それからちょくちょく話すようになったその先輩と昼休憩に連れ立って入った店で、

「お、あいつ! あいつだよ。ほら、前言った岡山出身の」

 と、指し示された先に見つけたのは見覚えのある横顔だった。
 先輩の呼び掛けにこちらを振り向いたその顔が驚愕に固まる。

「瑞垣さん」
「永倉?」

 互いに呆然としたまま呟くと、先輩が目を丸くして言った。

「え、なに知り合い?」

 端的に言えば、豪は野球を諦めた。かと言って医者の道に進むこともしなかった。
 大学は経済学部で、卒業後は地元の会社に就職したが、僅か一年でその会社が潰れた。世の中は不景気で、地方では正社員に就くのも難しく、都会の方がまだ職があると考えすぐに上京した。
 そうして採用された会社でまさか数年ぶりの再会をすることになろうとは思いもしなかった。

「お呼びだしをいたしまーす! 永倉さーん、永倉豪さーん!」

 業務終了時刻を迎えて間もなく、静かなオフィスに場違いな声が流れ込んできて、豪は思わず口に含んでいたコーヒーを噴き出すところだった。
 パソコンのモニターから顔を上げてみれば、入り口でにこやかに手を振る男の姿。
 良くも悪くも目立つ彼のそんな行いに、周囲が向ける好奇の視線が痛い。しかしこちらの居心地の悪さなど気にも留めず、ずかずかと部屋を横切ってやってきた彼は豪の傍らに立つと、短く嘆息する。

「なんじゃお前、こんなん明日でええじゃろ」
「ぎりぎりにして、慌ててミスするのが嫌なんです。それに明日は他にも」
「できるできる、永倉ならこんくらい楽勝じゃろ。おら、帰んで」

 適当なことを言って、からから笑う瑞垣は、豪から脇から手を伸ばしてパソコンの電源を勝手に落としてしまった。
 豪が抗議の目を向ければ、瑞垣は片目を瞑って見せる。
 致し方なく、豪は帰り仕度を始めた。

「それでどうします? メシでも行きますか?」
「んー、それもええけど」
「?」
「お前ん家、行ってみたいなあ」
「は?」
「いやーどんなとこ住んどるんかなーって」
「どんなって……別に普通のワンルームですよ」
「まあまあ家庭訪問、懐かしいじゃろ」

 独り身の男の暮らしぶりなど見て何が面白いのか甚だ疑問だが、特別拒否する理由も見当たらず、豪はもう瑞垣の好きにさせることにした。
 最寄りの駅から徒歩15分。
 便利は悪いが、駅前はどこも家賃が高い。手頃な金額のところを選ぼうとすると、どうしても妥協すべき点はそこになる。それでも一階部分にコンビニが入っているし、ちょっと歩けばスーパーだってある。
 住み心地はそう悪くない。
 コンビニ前を通過しようとした時、瑞垣がふと豪の服を摘まんで引いた。

「あ、なあなあ酒でも買っていこうや」

 自動ドアを通り抜ければ、馴染みの店員の声に迎えられた。
 缶ビールとつまみを籠に入れ、瑞垣が豪を振り返る。

「弁当、好きなん選んでええで」
「あー、いや、いいです」
「なんで? 腹減ってへんの?」
「作り置きのがあるんで」
「え、まさか自炊?」
「はい、できるだけ」
「へえ、ようやるなー」

 豪は少し迷ってから言う。

「大したもんはないけど、それでいいなら一緒にどうですか?」

 ご飯と味噌汁、それに唐揚げにきんぴらごぼうにサラダ。
 卓に並んだ料理の数々を前に、瑞垣は素直に感嘆の声を漏らした。

「すっげーなお前こんなん毎日作ってんのか?」
「流石に毎日は……まあでも常備菜とか便利ですよ。ご飯は昨日炊いたものですし」

 それから唐揚げは下ごしらえをしておいたものだし、きんぴらごぼうは冷蔵庫の中のタッパーから出してきただけだ。
 味噌汁を器に装って、瑞垣に手渡す。
 瑞垣はじっとそれを見つめ、口に運んだ。

「うまい」

 自然と呟かれた一言に、豪はほっと胸を撫で下ろす。
 自分の作ったものを誰かに振舞うのは随分久しぶりのことだった。

「そういえば、瑞垣さんはどうしてこっちに?」
「別にぃ、大学こっちの方やったしそのまま仕事もこっちで決めただけ。それ言うならお前の方こそ何で」

 お茶代わりに缶ビールを開けながら、豪はこれまでの経緯を簡単に説明した。
 瑞垣は自分が聞き返してきたくせに、割とどうでもよさそうに相槌を打っている。それどころか話の途中だというのに、寝そべりながらベッドの下に手を突っ込んで何やらごそごそ漁っていた。

「何やっとるんですか」
「や~、えっちな本とかないんかなーって……おお、あったあったってなんやこれ」

 出てきたのは野球関連の雑誌ばかりで、瑞垣はいかにも残念そうな顔をした。
 だが偶然開いたページに掲載された写真を見つけて、ああと小さな呟きを溢した。

「姫さん、肩いわしたらしいな……」
「ええ」
「連絡とか取っとん?」
「いや、なかなか……」
「ふうん……」

 気のない返答をして、瑞垣は雑誌を床に放った。
 反動をつけて起き上がり、缶の中身を一気に飲み干す。

「ところで永倉、お前料理得意なんか?」
「得意ってほどでもないですけど」
「じゃ、今度マヨコロ作ってえや」

 今の流れでどうしてそうなるのか。
 そんな瑣末な疑問をぶつけるだけ無駄なことを豪は知っていたので敢えてしない。

「マヨコロ、ですか……」
「おう」
「作ったことないんですけど」
「作り方なんざ、今時ネットでいくらでも出てくるやろ」

 言いながら、瑞垣は既に三本目に手をつけようとしている。

「いいですけど、うちで潰れるのは勘弁してくださいよ……」

 豪の忠告は全く無意味なものとなった。
 空になった缶の散らばる中で瑞垣は穏やかな寝息を立てている。

「瑞垣さん、起きてください」
「うー……」

 肩を軽く揺すると、わずらわしげに振り払おうと手が動く。

「明日はまだ仕事だっていうのに」

 豪のささやかな愚痴も瑞垣の耳には届かない。
 邪魔な缶を卓の上に除けて置いてから、豪が瑞垣の腕を取り抱き起せば、小柄な体は簡単に持ち上がる。

「ほら、しっかりしてください。スーツ、皺になっても知りませんよ」
「ん……」

 小さく呻いて、瑞垣はうっすらと目を開ける。
 その覚束ない瞳が間近に豪を捉え、

「しゅう、ご?」

 ある人の名を呼ぶ。
 驚きと、困惑と、色々な感情が複雑に絡み合った声で。
 切ないような眼差しが潤んで揺れる。

「なんや、お前またきとっ……」

 瞬間、見開かれた目ははっきりと焦点を結んでいて。

「うわああああ!!」

 思い切り、突き飛ばされる。
 豪は背後に倒れそうになったが何とか踏みとどまる。
 瑞垣は耳まで真っ赤になっていた。

「す、すまん。寝ぼけとった……」
「あ、いえ……………」

 僅かばかりの沈黙が流れて、瑞垣が先に動いた。

「飯うまかった、ごちそうさま。邪魔したな」

 矢継ぎ早に言って、足元の鞄を引っ掴むと玄関に向かおうとする。
 ふらつく足取りがなんだか危うい。

「あの、タクシー呼びましょうか?」
「いや、大丈夫や」

 豪が言うが、振り返った瑞垣はもういつもの彼と変わらない様子で言った。

「じゃあな永倉。また明日」

 突然静かになった室内で、豪は何だか気が抜けたように、しばらく扉を見つめていた。
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