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08.08
Sat
前にお題で書いた鬼灯犬の続きっぽいものです。

 深夜だ。
 近隣はみんな寝静まっていて、窓明かりはなく、真っ暗だ。少しでも物音を立てないようにそっと鍵を明けて扉を開き、中に入る。両手でゆっくりと扉を閉めたところで、いきなり明かりがついた。
「おかえりなさい」
 背後からの声に全身の毛が逆立つのを感じた。振り返れば、目付きの悪い男が腕を組んで立っていて、白澤はいかにもげんなりした顔になる。
 気配に起きてきたのか、それとも今まで帰りを待っていたのか。どちらにしろ干渉されるのは面倒くさい。
 男は短い眉をぴくりと上げて、小刻みに鼻を動かした。
「また大量に飲んできたんですか。それに」
 肩を掴まれて、逃げられないよう固定され、鼻を押し付けられる。白澤の首筋をくすぐるように鼻が動く。
「メスのにおいがする……」
「メスって言うな!」
「そこですか?」
 怪訝な顔になる男の手を振りほどいて白澤は部屋に上がり、服を脱ぎながら言ってやる。
「大体さあ、僕の金で僕が何をしようと勝手だろ。居候のくせにうるさいよ。嫌なら別にいつでも出てってくれて構わないんだからね」
「何で怒ってるんですか」
「君が僕のやることに、あれこれ口出すからだろ」
「すみません」
 素直に謝られると、悪いことしてる気になって、気まずいから余計に素っ気なく言ってしまう。
「いいよ、もう。僕風呂に入ってくるから、お前寝ろよ。起こしたんなら悪かったな」
「あ、白澤さん」
「ん?」
 ふわりと唇に触れるものがあって白澤は驚く。
 どこでキスなんて覚えてきたんだろう。
 硬直する白澤を鬼灯は不審そうに眺めた。
「人間は寝る前こうするって今日テレビで見たんですが……」
「す、するのは恋人とか夫婦だろ! ペットと飼い主はしないのっ! いや、たまにする人いるけどっ少なくとも僕とお前はしないの!」
「ぺっと……」
「なんだよ」
「いえ……」
 獣の姿ならきっと耳を垂らしていただろうというくらい、沈んだのがわかった。
 鬼灯はすごすごと寝床に入っていった。

 鬼灯の正体は犬だ。
 シェパードという種の、黒い毛並みの大きな犬。以前は、とある豪邸で飼われていて、その頃に白澤は彼と寝たことがあった。別にそういう趣味があるわけではなく、単純に金のためだ。
 白澤は薬剤師で、祖父から譲り受けた漢方薬局を営んでいる。店の規模自体は小さいが、昔からの客もついていて、それなりに稼ぎはある。普通に生活してしていれば困ることはまずないが、白澤は酒と女にだらしなく、売り上げ金の七割は交際費に宛がわれていた。そうやって金に困ることは今までにも何度もあって、だから身体を売ったのはあれが初めてではなかった。幸いなことに白澤は見目が良かったから、取引相手を探すのに困ることはなかった。背は大きいが、華奢で中性的な体つきと顔立ちは男受けがよかった。まさか犬にまで気に入られるとは思いもしなかったが。
 鬼灯いわく、あれ以来白澤のことが忘れられず、毎晩星に人間になりたいと願ったらしい。そうするとある日、突然現れた美しい女神が人の姿に変えてくれたのだと。
 そんなメルヘンでファンタスティックな話を誰が信じるかと、白澤も初めは胡散臭く思っていた。しかし実際に犬の姿に変じた鬼灯を目にしては信じざるを得なかった。
 それで、どうしてひとつ屋根の下に暮らしているのかと言えば、
「なんでだろう……」
 湯船に浸かっていると、他にすることがなくて、ついつい考え事をしてしまう。
 一ヶ月の猶予をください。
 犬だった時と同じ静かで冷たい黒色の目で、じっと見つめてきて言った。それでダメなら諦めるからと。だからそれまではここに置いてくれと。
 別に聞き入れてやる必要はないのになあと、ぼんやり考える。
 そんなの無駄だって言って、無理にでも追い返しておけばよかったのに。
 鬼灯にとってもその方が良かったんじゃないだろうか。だって中途半端に期待させてしまったかもしれない。
 白澤は男で、女が好きだ。金のために男と寝ることはあるが、間違っても好きになることはない。ましてや鬼灯は犬だ。有り得ない。なのに傍にいることを承諾した。どうしてもって言われて結局断りきれなかった。期待しただろうか。だとしたら、自分は残酷なことをしてるのだろうか。
 今からでも、家にお帰りって言ってみようか。
 でもなあ……。
「あ――――――、わっかんないなあぁもう!」
 湯船の縁を両手で掴み、その間に額を押し付けて叫ぶように言ってから、白澤は勢いをつけて立ち上がる。シャワーで軽く洗い流して、風呂を出ると、棚に重ねてあるバスタオルを取って身体を拭いた。
「あ」
 柔らかい。
 それに清潔でいい匂いがした。
「…………」
 いつの間にか洗濯の仕方まで学んでいたらしい。
 驚くほどに利口な犬だ。
 いや、姿だけでなく脳も人間のそれになっているのだろうか。
「せめて女の子だったらなー」
 犬耳とか尻尾とか……。
 いわゆるケモ耳つきの女の子を思い浮かべて、白澤は頬の筋肉を弛緩させた。
「ありかも……」
 たとえ正体が犬でも、人の形をしていて尚且つ性別が女であれば。
 だがいかんせん鬼灯は男だ。
 改めてないなと思ってから、うっかりケモ耳鬼灯を想像しかけて、白澤は慌てて首を降って嫌な妄想を打ち消した。
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