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07.12
Sun
最終話です!


 ナース服のまま飛び出してきたものだから、人の多い繁華街で僕は目立っていた。すれ違う人達の無遠慮な視線が少し居心地悪い。
「寒くないですか?」
 そんな風に言いながら、鬼灯が羽織っていた薄手のジャケットを肩からかけてくれた。
 繁華街を抜けると、人通りは一気に減った。喧騒から離れて、ようやく安心する。静かな夜道の街灯の下、僕の手を引いていた鬼灯が急に立ち止まった。
「あの……」
 ずっと手を離さないまま、振り向かずに言われる。
「あ、う、うん……」
「少し話したいんですけど、いいですか?」
「なに?」
 訊きながら、僕は内心ちょっと焦ってた。
 僕も伝えたいことがあるのにって。
 さっきからずっと考えてた。いつどうやって切り出そうとか、ちゃんと話せるかなとか。緊張で心臓がどきどきしてる。
 でも今は鬼灯が話してるから。だから鬼灯の言葉にしっかり耳を傾けなきゃいけない。
 繋いでいた手が離れる。
 鬼灯が身体ごと振り返って言う。
「ずっと嫉妬してました……私以外の誰かがあなたに触れるのが、見ていてすごく嫌だった。でもあなたの自由を制限して、それであなたが壊れてしまったらって考えると恐ろしくて我慢することにしたんです。でも結局、我慢しきれなかったんですよね」
 鬼灯は瞼を落とし、重い息を吐きだした。それからまっすぐに目を合わせてくる。
「私は白澤さんのことが好きで、そして独り占めしたいと思っています。他の男に触れさせたくないし、あなたが誰にでも身体を差し出すのも嫌なんです」
 声は静かだけど、どっしりと重い。
「ぼ、僕も……鬼灯のこと好きだよ」
「それは特別な意味でですか?」
「あの、一緒にいたいって思ってる……けど…………」
「では質問を変えます。私が誰か、たとえばあなた以外のひとと身体を重ねたらどう思いますか?」
「え」
「想像してみてくださいってことです、たとえばの話ですよ? 私が白澤さんでない誰かを好きだって言ったら? その人とキスをして抱き合ってたりしたら白澤さんはどんな気持ちですか?」
「……………」
 想像してみた。
 なんだか胸が痛くなって、悲しくなった。何故か涙まで浮かんできて、思ったままを口にする。
「やだ……」
「あ、だから例え話ですから! そんな本気で泣かれてしまうとどうしたら……いやよかったんですけど! 白澤さんの気持ちがはっきりわかって安心したんですけれども! ああもう、頼むから泣き止んでください! 私が悪かったです!」
 ぼたぼたぼたぼた涙が落ちて止まらない。鬼灯が袖で頬を拭ってくれる。
「あとですね、さっきも言いましたけど私もあなたが他のひとといちゃついてるのを見るとムカつくんです。自分だけのものにしたいって思うんです。恋をするってそういうものです」
 今までのことを思い返すと、急に恥ずかしくなる。僕は僕のことしか考えてなかった。
 何も見えていなかった。
 僕の身体で、僕にできることで、おじいちゃん達が喜んでくれてるからいいやとか。僕も気持ちいいの好きだしとか。僕にはそれくらいしかできないしとか。自分の都合のいいように考えてた。
 鬼灯はいつも言ってくれてたのに。
 好きですよって。
 何度も、何度も。
 抱き締めて、何度も伝えてくれてたのに。
 おじいちゃん達だって、看護婦さんは鬼灯先生のものだって、そう言ってくれたのに。
 鬼灯はいつも僕を、僕だけを見てくれてたのに。
 だけど僕は、ずっと………。
 言われるがまま、誰にでも身体を売った。好きでもない相手に、強請って、足を開いて受け入れてきた。
 記憶をなくして、あの店から逃げ出して、それなのにまた同じことを繰り返してた。
「いいの? 鬼灯だったら他にもっといいひとが………」
 僕なんかでってそんな悲観的な気持ちになって言ったら、鬼灯はがりがり頭を掻いてちょっと怒ったみたいに言った。
「私はあなた以外の人を自分のものにしたいと思わないし、あなた以外のものになるつもりもありません! 私が好きなのは白澤さん、あなたなんです!」
 気づいたら鬼灯の腕の中にいた。強い力で抱き締められて、少し迷ってから僕も抱き締め返した。
「あなたの過去を私は知りませんが、この二年私は私の目であなたを見てきました。あなたのことを好きになって、傍にいられて幸せでした。白澤さん、あなたはどうなんですか?」
 今度こそ答えに迷いはなかった。
「うん僕も同じ……」
 ただ、伝えたいのはそんなものじゃない。もっと何か言葉はないのかと頭を捻って、結局ありふれたものしか浮かばなかった。
「鬼灯、愛してる」

***

 それから半年が経った。
 僕は看護師の資格を取るために、勉強を始めた。
 医院では仕事としてじゃなく、空いた時間に手伝いとして入ってる。鬼灯はいいよって言ってくれるけど、僕はそれに甘えたくなくて続けてる。もちろん医療行為なんてできないから、掃除とかちょっとしたことだけだけど。
 鬼灯の役に立てたらって気持ちはあるけど、自分自身のためでもある。
「ひぁ!」
 お尻にするりと撫でる感触があって、振り返るとスズキさんが何度目になるかわからない質問を口にした。
「看護婦さん、本当にもうスカートは穿かんのか」
「看護婦じゃなくて看護師だよ、まだ資格はないけどね。それとスカートは、もう穿かないことにしたんだ」
 相手に喜んでもらうために何かをしたり、合わせたりするのは決して悪いことじゃない。でも僕は今までそれに頼り過ぎていたのかもしれない。そんな訳で今僕が着ているのは男性用の看護服だ。
 でもまあ色んな格好するのは結構楽しかったから、たまにはいいかもなんて思ってるんだけど、おじいちゃん達は相変わらずだからここでは着ない方がいいんだろうなって思ってる。今度鬼灯と二人きりの時にやってみようかなーなんて。
「似合っとったのにのぅ……」
「わし、新しいパンチーも買ったのにのぅ」
「ワシも……」
「儂のべびーどーる……」
「看護婦しゃん、一回穿いていらんなら返してくれるだけでもいいんじゃけどなあ……あ、洗わんでええからな」
 おじいちゃん達は口々に言って、溜め息を吐いた。それでも僕はきっぱり断る。
「ごめんね」
「そんなあ……」
「くぅ、ワシは、ワシは諦めんぞ……!」
「何度言われてもダメなものはダ、わっ、やだ!」
 誰かの手が股間に触れてきて、僕は慌てて逃げ出した。
「むほほ、かわええのぉ。これだから止められんわい」
 おじいちゃん達が両手の指をいやらしく動かしながら、じりじり迫ってくる。僕が逃げ場を失って受付カウンターを背に押し付けてたら、騒ぎを聞きつけた鬼灯が診察室から出てきた。
「あなた方全員出入り禁止にしますよ」
 鬼のような形相に、おじいちゃん達は慌てて支払いを済ませて帰っていった。
「全く。だからここのことは気にしなくていいって言ってるのに」
「だってまだ学校始まらないし、一日中家にいるのも辛いんだもん。もちろん勉強も家事もするよ? でも……」
「頑張るのはいいですけど、無理しないでくださいよ」
「うん……あのさ、本当はちゃんとバイトして生活費とか学費とか自分で何とかしたいって思ってるんだけど……」
 ちらっと覗うように鬼灯の顔を見たら、苦々しい表情で言われた。
「やめてください。まだ私の目の届くところにいてくれた方がマシです」
「でもそんなこと言ってたら、いくら看護師の資格取っても僕ここ以外で働けないんだけど」
「嫌ですか?」
「そうじゃないよ……」
 鬼灯の傍で働けるのは嬉しい。けど、なんか複雑だ。
 困ったなと思って、考え込んでたら受付の向こうで桃太郎くんがぼそっと呟いた。
「束縛も程々にしとかないとまた逃げられてしまいますよー」
「離しませんよ! 二度と!」
 鬼灯がぎくってなって、桃太郎くんにも聞こえるように言う。
「バイト? いいですよ。ただ二人きりになる家庭教師とか危険なのは避けてくださいね! あとできるだけ女性の多い職場がいいと私は思います!」
 その様子が面白くて、僕は思わず吹き出してしまった。だってなんだか鬼灯が必死だ。
「ねぇ、鬼灯。前にも言ったけど」
 ちょっと拗ねたみたいに眉間に皺を寄せた鬼灯がちらりと視線を向けてくる。
「愛してる」
 言って僕は鬼灯の唇に唇を重ねた。
 奥で桃太郎くんの溜め息が聞こえた。


おわり
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